東京高等裁判所 平成10年(行ケ)223号 判決 1999年11月02日
原告
日本山人蔘販売株式会社
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
被告
【C】
被告
【D】
被告
【E】
被告3名訴訟代理人弁理士
【F】
同
【G】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成9年審判第6321号事件について平成10年6月10日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告らの負担とする。
2 被告ら
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告らは、発明の名称を「医薬組成物」とする特許第1721544号の特許発明(昭和59年6月7日特許出願、平成4年12月24日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。
原告は、平成9年4月17日に本件発明に係る特許の無効の審判を請求し、特許庁は、同請求を平成9年審判第6321号事件として審理した結果、平成10年6月10日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年7月2日、その謄本を原告に送達した。
2 本件発明の特許請求の範囲
日本山人参を有効成分とすることを特徴とする肝機能改善用及び抗高脂血症用医薬組成物。
3 審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおり、本件発明につき、その出願前に公然と実施されたものとすることはできないと認定判断し、さらに、出願前に公然知られたものとも、出願前に頒布された刊行物に記載されたものとも認定できず、出願前に公然知られた発明、出願前に公然実施された発明、出願前に頒布された刊行物に記載された発明から容易に発明することができたものとすることもできないとした。
4 本件明細書の記載
本件明細書には、本件発明に関して以下の記載がある。
(1) 「本発明はセリ科の多年生植物であるイヌトウキの栽培系統に属する新作物である日本山人参の根、茎部に含まれる成分が人の循環器、代謝系に作用し血管拡張、肝脂質などの蓄積を阻止する効力があることを見い出し、また、この日本山人参は日本国内において栽培し得る植物である点を見い出し本発明を完成した。本発明は日本山人参の粉末または抽出エキスを含有する肝機能改善用及び抗高脂血症用医薬組成物である。」(本件公告公報1欄20行ないし2欄1行)
「本発明の医薬剤は上記日本山人参の茎根部を乾燥して錠剤、丸剤、カプセル剤などの製剤にして医薬または健康食品として提供される。」(同2欄14行ないし16行)
(2) 「本発明の有効成分である日本山人参はノルアドレナリン、カテコールアミンの作用を抑制する作用を有し、更に肝の脂肪蓄積、生体内の過酸化脂質の蓄積を予防する作用を有するものである。」(3欄17行ないし20行)
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由Ⅰ、Ⅱは認める。同Ⅲは、審決の甲第2ないし第5号証の記載事項(3頁17行ないし4頁16行)、審決の甲第6、第7号証の記載事項(5頁4行ないし末行)、審決の甲第9、第10号証の記載事項(6頁7行ないし15行)、審決の甲第11号証の記載事項の「また、甲第11号証は」から「記載されているものの」まで(7頁1行ないし5行)、原告の平成10年5月18日付の審判請求理由補充書に係る主張(8頁16行ないし9頁2行)及び審決の甲第11号証の記載事項(8頁3行ないし5行)を認め、その余は争う。
審決は、本件発明は出願前に公然実施をされた発明であるか、出願前に公然実施された発明に基づいて容易に発明をすることができた発明であるかのいずれかであるのに、これを看過したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
1 薬用日本山人蔘事業協同組合が作成した書物である「薬用人蔘」(以下「甲第5号証刊行物」という。)には、人参に含まれる成分が血流を改善し、脂肪などの老化物質の蓄積を抑え、血圧を正常な状態に調整し、新陳代謝促進作用により代謝を改善し、肝臓の機能を高めるという記載があり、これは、まさに肝機能改善用及び抗高脂血症用の薬効のことである。
上記記載は、直接にはウコギ科の人参の効果に関してなされたものであるが、同刊行物には、<1>日本人参の薬効成分(生物活性物質)は朝鮮人参(ウコギ科)よりその効用がすぐれていると言われるようになった、<2>日本山人参は薬用人参と称せられている(高麗人参等)ものの一つで、従来の薬用人参の薬効と比較しても十分優秀性をもっている、<3>農業生産組合設立の理由は、この日本山人参の薬用を広く人々に知らせ、健康食品として、又漢方薬の原料として広く世間に役に立たせることであるとの記載があることからすれば、これを読む者は、前記効果は、ウコギ科の人参の効果であると同時に日本山人参の効果でもあると考えることができる。
同刊行物は、昭和57年ころから飛鳥食品株式会社等により頒布されていたものである。
2 「純正日本山人蔘」のパンフレット(以下「甲第4号証刊行物」という。)には、本件発明の薬効に該当する「肝の脂肪蓄積の予防」、「生体内の過酸化脂質を予防」が、日本山人参の有する効果として記載されている。
このパンフレットは、昭和57年から昭和62年まで、飛鳥食品株式会社(商号は、後に株式会社日本山人参研究所を経て、株式会社アンゼリカに変更され、現在に至る。以下「飛鳥食品」という。)が健康食品「純正日本山人蔘」の販売のために消費者に頒布していたものである。
3 【H】(以下「【H】」という。)は、大分地方裁判所平成9年(ワ)第386号事件(以下「別件訴訟」という。)の証人として、<1>昭和56年6月ころ、本件発明の特許出願人である【I】(以下「【I】」という。)から、日本山人参は肝臓や血圧によい等の薬効の説明を受け、その旨記載されたパンフレットをもらったこと、<2>昭和56年ころから【I】から日本山人参を購入して消費者に販売していたこと、<3>販売に際しては、消費者に薬効を説明し、甲第5号証刊行物や薬効が記載されたパンフレットを配布していたことを証言している。
4 以上のとおり、本件発明の特許出願前から、本件発明の「日本山人参」に該当する「純正日本山人蔘」が、本件発明の薬効である肝機能改善及び抗高脂血症の効果を有するものとして一般消費者に販売されていたのであるから、本件発明は、その特許出願前に公然と実施されていたものというべきである。
5 仮に、上記「純正日本山人蔘」が本件発明に該当しないとしても、本件発明は、上述したところに照らし、これから容易に発明できたものというべきである。
第4 被告らの反論の要点
1 甲第5号証刊行物には、(1)原告主張に係る前記第3の1<1>の記載の後に、なお書きとして、日本山人参の薬効については未だ詳細が不明なことが明記され、(2)原告主張に係る前記第3の1<2>の記載の後に、これらは今後学会等で明確にされるものと思われるとの記載がある。
そうすると、甲第5号証刊行物の記載からは、結局のところ、日本山人参は従来の薬用人参の薬効と比較して十分優秀性をもっているとは考えられてはいても、その優秀性の具体的内容、すなわち、具体的な薬効などは未だ正確に把握されておらず、今後の学会等で明確にされることが期待されている、との意味しか読み取ることができない。また、同刊行物の「この日本山人参の薬用を広く人々に知らせ」の「この」の指示内容は、その直前の上記(2)の記載を受けた意味であり、本件発明でいうような具体的な薬効を持つ日本山人参のことではない。
甲第5号証刊行物は、本件発明の特許出願前に作成、頒布されたものと特定することはできない。
2 甲第4号証刊行物には、「株式会社日本山人蔘研究所」の記載がある。これは飛鳥食品の昭和59年5月以後の商号であるから、上記刊行物は昭和57年ころにはまだ使用されていない。飛鳥食品は、昭和57年ころからこれと同種のパンフレットを使用してはいたが、これと同じものを使用していたわけではない。
3 【H】の別件訴訟における証言には、昭和56年6月ころ【I】から日本山人参の薬効、すなわち、肝機能改善用及び抗高脂血症用医薬組成物の薬効が記載されたパンフレットをもらったことを明確に示すものはなく、日本山人参の販売に際して、具体的に肝機能改善用及び抗高脂血症用医薬組成物の薬効が記載されたパンフレットを配布したことを明確に示すものもない。また、【H】の上記証言は、「【J】」と「【K】」を混同し、昭和58年6月設立の「日本美健合資会社」が記載されている甲第5号証刊行物を昭和57年後半に頒布したというものであって、信用性がない。
4 以上により、本件発明は、その特許出願前に公然と実施されていたものでも、出願前に公然実施されていたものから容易に発明できたものでもないことが明らかである。
第5 当裁判所の判断
1 甲第2、第16号証によれば、【I】は、昭和40年ころから日本山人参を自宅に植えて栽培していたこと、昭和51年に突発性脱疽を患った際に、これを煎じて服用したところ回復したことから、その研究を開始し、昭和57年7月に飛鳥食品を設立して「純正日本山人蔘」という商品名で日本山人参を加工した健康食品を製造販売するようになったこと、また、【I】は、同年に愛媛大学医学部の【L】教授に日本山人参の成分分析を依頼し、同教授は、遅くとも本件発明の特許出願前には、日本山人参の根、茎部に含まれる成分が人の循環器、代謝系に作用して血管拡張と肝脂質などの蓄積を阻止する効力があることを見出していたことが認められる。
しかし、本件発明は、肝臓の脂肪蓄積、生体内の過酸化脂質の蓄積の予防等の薬理効果を明らかにして肝機能改善用及び抗高脂血症用の用途に用いられる医薬組成物としたものであるから、単なる健康食品とは異なるものである。そこで、以下「純正日本山人蔘」が、本件発明の特許出願前に肝機能改善用及び抗高脂血症用の用途に用いられていたか否かについて検討する。
2 甲第5号証によれば、甲第5号証刊行物には、「わが国の山野に自生していた日本山人蔘(セリ科の一種・・・)の栽培に・・・成功し、・・・食用に供したところ、その生物活性物質は朝鮮人蔘より、その効用がすぐれているといわれるようになったので、・・・健康食品“日本山人蔘”として市販することにしました。・・・またその薬効成分(生物活性物質)の詳細についても研究すべく準備中でありますので近くその成果も明らかになるものと考えております。」(6枚目4行ないし14行)、「農業生産組合設立の理由・・・日本山人蔘とは薬用植物の一種で薬用人蔘と称せられている(高麗人蔘・・・)ものの一つである。但し、従来の薬用人蔘の薬効と比較しても十分優秀性を持っていると考えられ、これらは今後学会等で明確にされるものと思われる。・・・前項の薬用を広く人々に知らしめ、健康食品として又は、漢方薬の原料として広く世間の役に立つこと。」(6枚目1>6行ないし24行)などと記載したうえで、朝鮮人参等ウコギ科の人参は、酸素の供給の促進、白血球増加の改善、病的老化の防止、糖尿病治療、疲労・精力減退、月経困難症、冷え症、貧血、低血圧、更年期障害、神経痛・リウマチ、肝臓、アレルギー疾患、皮膚病、痔等に効果がある旨記載していることが認められる。
しかし、上記「生物活性物質は朝鮮人蔘より、その効用がすぐれているといわれるようになった」、「従来の薬用人蔘の薬効と比較しても十分優秀性を持っていると考えられ」との記載は、それ自体、誰によりあるいはどれだけの人の範囲で、そのように「いわれるようになった」り、「考えられ」たりしているのかを示さないままになされた、ある意味では極めてあいまいな内容のものであるうえ、これに続き「その薬効成分(生物活性物質)の詳細についても研究すべく準備中であります」、「これらは今後学会等で明確にされるものと思われる。」と記載されていることからみて、結局のところ、日本山人参の具体的薬効については何ら述べるところのないものという以外にはない。そこでは、日本山人参には、ウコギ科の人参と類似するか異なるかは不明であるものの何らかの薬効成分があり、ウコギ科の人参よりも優れた効用のある薬用植物であると考える者がいるという趣旨が述べられているだけで、日本山人参にウコギ科の人参と同じ薬効があるという趣旨を含め、日本山人参の具体的薬効につきそれ以上のことが述べられているものと理解することはできない。
したがって、甲第5号証刊行物をもって、日本山人参ないし「純正日本山人蔘」が本件発明の特許出願前に肝機能改善用又は抗高脂血症用の用途に使用されていたことの根拠とすることはできず、このことは、その頒布の時期とは無関係にいい得るところである。
3(1) 甲第4号証及び弁論の全趣旨によれば、甲第4号証刊行物には、「純正日本山人蔘」の効果として、「ノルアドナリンの作用の抑制、カテコールアミンの作用抑制、肝の脂肪蓄積の予防、生体内の過酸化脂質の蓄積を予防、等々。(愛媛大学報告書)」との記載とともに、「S57~62年頃使用パンフレット」との手書きの文字が記載されており、上記手書きの文字は、平成8年ころ被告【E】が記載したものであることが認められる。
(2) しかし、甲第4号証によれば、同号証刊行物には、「栽培・製造 株式会社日本山人蔘研究所」との記載があることが認められる。そして、甲第7号証によれば、飛鳥食品が株式会社日本山人蔘研究所に商号を変更したのは、昭和59年5月8日(同月17日登記)であることが認められるから、上記刊行物が使用されたのは、早くとも同月8日ころ以降であるものと推認される。一方、本件発明の特許出願は、同年6月7日であるから、上記刊行物の使用開始から出願までの期間は長くみても約1か月ということになり、この間に同号証刊行物が使用されていた可能性が高いものとは認められない。
したがって、「S57~62年頃使用パンフレット」との手書きの記載があるからといって、甲第4号証刊行物が本件発明の特許出願前に使用されていたと認めることはできない。
(3)ア 弁論の全趣旨によれば、【I】ないし飛鳥食品は、昭和57年ころから、「純正日本山人蔘」の販売に際して、甲第4号証刊行物と同種のパンフレットを使用していたことが認められる。しかし、甲第4号証刊行物の前記「純正日本山人蔘」の効果についての記載は「愛媛大学報告書」を根拠とするものであることが明らかであるから、前記効果についての記載は「愛媛大学報告書」が作成された後に書かれたものと認められる。そして、「愛媛大学報告書」が作成される以前から上記パンフレットに前記効果についての記載と同種の記載があったと認めるに足りる証拠はない。
イ そこで、「愛媛大学報告書」について検討するに、そもそも、それがいかなるものであるかを的確に認定できる証拠も、その作成された日を認めるに足りる証拠もない。
ウ もっとも、甲第22号証によれば、「愛媛大学医学部第2医化学 実験担当者 【M】 【N】 指導教授 【L】」作成名義の「日本山人参に関する実験報告書 日本山人参の薬効」と題する書面(以下「愛媛大学実験報告書」という。)が存在し、「ノルアドレナリンの作用を抑制」、「カテユールアミンの作用を抑える」、「肝の脂肪蓄積(脂肪)を予防する。」、「生体内の過酸化脂質の蓄積を予防する」など、甲第4号証刊行物の「純正日本山人蔘」の効果についての記載に類似した記載とともに「′84.4.28」とゴム印が押捺されていることが認められる。しかし、仮に、「愛媛大学報告書」が愛媛大学実験報告書を指し、「′84.4.28」がその作成年月日としての昭和59年4月28日を意味するとしても、前記効果の記載がされたパンフレットが使用された可能性があるのは早くとも昭和59年4月28日以降ということになるから、上記パンフレットの使用開始から本件発明の特許出願日である同年6月7日までの期間は長くみても約40日であることになり、この間に同号証刊行物が頒布されていた可能性が高いものと認めることはできない。
エ また、甲第16号証(被告【E】の別件訴訟における陳述書)には、【I】が「昭和57年に愛媛大学医学部の【L】教授に日本山人参の成分分析を依頼しましたが、その結果日本山人参の根、茎等は朝鮮人参類似の特性と薬効を有していることが判明しました。」との記載がある。しかし、上記記載によっても、日本山人参の根、茎等に朝鮮人参類似の特性と薬効を有していることが判明したのがいつであったのかを認定することができない。
オ 以上のとおりであるから、甲第4号証刊行物をもって、日本山人参ないし「純正日本山人蔘」が本件発明の特許出願前に肝機能改善用又は抗高脂血症用の用途に使用されていたことの証左とすることはできない。
4 甲第18号証により、大正11年生まれの【H】は、平成10年に別件訴訟の証人として、<1>昭和56年6月ころ、本件発明の特許出願人である【I】から、日本山人参は肝臓によい、高血圧の人によい、体質改善、男性機能が元気になる等の薬効の説明を受けたこと、<2>そのころ【I】が作成した手作りのパンフレットには、日本山人参の効能、薬効について記載があったこと、<3>昭和56年ころから日本山人参の健康食品を【I】から購入して消費者に販売していたこと、<4>販売に際しては、消費者に対して【I】から説明を受けたような薬効を説明し、昭和57年の後半からは甲第5号証刊行物や薬効が記載されたパンフレットを配布していたことを証言したと認めることができる。
しかし、前記証言は、そこで述べられている時期に関する限り、採用することができない。その理由は次のとおりである。
(1) 前記証言には、甲第5号証刊行物以外には裏付けとなる書証等の客観的証拠は存在しない。そして、甲第5号証刊行物の記載をもって、日本山人参が、肝機能改善用又は抗高脂血症用の薬効がある旨を記載したものと解することができないことは前示のとおりである。
(2)ア 【H】は、「日本山人参」と題する書面(甲第21号証)、愛媛大学実験報告書(甲第22号証)を【I】からもらった時期について、はっきり記憶はないが昭和58年の後半ではなかったかと証言している。しかし、「日本山人参」と題する書面には、「医薬組成物.特許出願中」、愛媛大学実験報告書には、「薬物質特許・・・申請中」との記載があり、両者とも、「株式会社日本山人蔘研究所」との記載がある。したがって、両者とも、【I】が【H】に交付したのは、本件発明の特許出願日である昭和59年6月9日よりも後であるものと認められる。したがって、上記証言は誤りである。
イ また、【H】は、甲第5号証刊行物の頒布時期について、昭和57年の後半である旨証言する。
しかし、同刊行物には、昭和58年6月1日に成立した日本美健合資会社が記載されている。さらに、「日本山人蔘・・・目下宮崎大学農学部において、その特性について依託研究中」(5枚目4行ないし5行)との記載がある。宮崎大学農学部の研究初年度に得られた結果の概要について取りまとめた報告書は、「昭和58年度受託研究報告書」とされており、研究の最初の記述は昭和58年5月3日である(甲第9号証)。
そうすると、甲第5号証刊行物の作成は、昭和58年であると認められるから、上記証言は誤りである。
ウ そうすると、【H】の証言は、正確な年代に関する限り信用性に欠けるものというほかはない。
(3) 「純正日本山人蔘」は健康食品であって、医薬品ではないから、具体的な疾患に対する具体的薬効があるという趣旨ではなく、「体質改善」、「滋養強壮」等の一般的意味での健康増進のためのものとして販売されることは不自然ではない。
(4) 以上の事実に照らせば、【H】の証言は、例えば、【I】は、当初は「純正日本山人蔘」を単なる健康食品として具体的な薬効を示さないで販売していたが、昭和59年4月末ころになって愛媛大学実験報告書が作成されて肝機能改善用及び抗高脂血症用の薬効が明らかになったため、「純正日本山人蔘」の販売拡大を目論んで飛鳥食品の社名を「株式会社日本山人参研究所」と変更して本件発明の特許出願をしたうえで、「愛媛大学報告書」を根拠とする甲第4号証刊行物を作成し、肝機能改善用又は抗高脂血症用の薬効を宣伝して「純正日本山人蔘」を販売するようになったというような事実について、七十数才の【H】が十数年前の事実関係を、年代やパンフレットの記載と説明内容の変化等を正確に思い出さないまま、前記<1>ないし<4>のように証言しているのではないかとも疑われるから、そこで述べられている時期に関する限り、上記証言を採用することはできないのである。
5 甲第3号証(仮処分命令申立書)には、【I】が日本山人参の薬効に着目して「純正日本山人蔘」を製品化した旨の記載がある。しかし、上記記載によっても、本件発明の特許出願前において、【I】が日本山人参の肝機能改善用又は抗高脂血症用の薬効に着目して、その用途に用いていたと認めることはできない。かえって、前記1の認定事実によれば、当初【I】が着目していたのは、肝機能改善用又は抗高脂血症用とは異なる突発性脱疽に対する薬効であったことが窺われるものである。
6 甲第18、第20号証によれば、昭和58年ころ、「純正日本山人蔘」の消費者である【O】は、心筋梗塞により長期入院した後通院する闘病生活を送っていたが、健康の回復と薬害の防止を兼ねて「純正日本山人蔘」を服用したところ、体調が好転し、痛みも軽減したことが認められる。しかし、上記は、【O】が、心筋梗塞罹患後の健康の回復と薬害の防止を兼ねて「純正日本山人蔘」を服用したところ効果があったという事実を示すものにすぎない。そして、心筋梗塞罹患後の健康の回復と薬害の防止ということは、肝機能改善用とも抗高脂血症用とも異なるから、上記事実は、「純正日本山人蔘」が肝機能改善用又は抗高脂血症用の用途に使用されていたことも、使用した場合に効果があったことも窺わせるものではない。
7 他に、本件発明が、その特許出願前に日本国内において公然実施をされた発明であると認めるに足りる証拠はない。
8 また、以上の認定を前提とした場合、これに用いた各証拠を中心に本件全証拠を総合しても、本件発明につき、その特許出願前に日本国内において公然実施をされた発明に基づいて容易に発明をすることができたと認めることはできない。
9 以上のとおりであるから、原告主張の取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
第6 よって、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 春日民雄 裁判官 山田知司)